この文章は、
「勉強って本当に必要なの?」と感じている中学生と、
その成長を願う保護者の方に向けて書いています。
当教室が、学力だけでなく、お子さんの未来をどう考えているかをお伝えします。
【逆引きできない“未来”へのパスポート】
(※この文章は、基本的に中学生ぐらいの子に向けて書いています。大人の方はそのつもりで読んでください。大人なら5分ぐらいで読み終わる量です。)
ときどき、「数学なんて必要ない」「英語なんてやっても意味がない」などという話を目にします。最近はAI技術の発展が著しいため、余計にそういう意見が多くなったかもしれません。中学生ぐらいの頃は、私もそう感じることがなかったわけではありません。でも、今ではそう感じていたことが、知識や技術などへの敬意に欠けることだったと思っています。
知識や技術、という言い方をしました。何かもっと他に言いようがあるかもしれませんが、この文章では学校で習うようなことを、そういうふうに表現します。
数学や英語だけでなく、ほとんどの教科について、あれは不要だの役に立たないだのというようなことを言う人がいます。でも、その人たちは本当にその教科のことを知っているのでしょうか?もし知らないのなら、不要かどうかを判断する根拠がありません。 もし本当に熟知しているのなら、なぜ不要なものをそこまで追求したのか疑問が残ります。彼らの主張はどこから来るのでしょうか。この「不要論」について、少し深く考えていきましょう。難しいところもあるかもしれませんが、お付き合いください。
彼らが「必要ない」という言葉を使うとき、それは目先の生活の役には立たないというような意味で言っています。ですが、それは彼らが見えていないだけのことです。例えばSNSなどに「数学なんて意味がない」と書き込むとき、それに使用しているデバイスも、プラットフォームも、ネットワークも、すべて数学の知識や技術に基づいて作られています。それに気づかないのは、彼らがそのことを知らないからです。言うまでもないことですが、知らないのと必要ないのとは同じことではありません。
知識や技術側の視点から見れば、例えば数学が人々の生活にとって欠かせないものであることは、先ほどのように一つの真実をあげれば証明できます。SNSをやっていなかったとしても、住んでいる家やマンションの設計にも、購入した商品の生産や流通にも、数学の知識は利用されています。
ですが、個人からの視点ではそれに気づかないことがあります。その人の能力による制限もありますし、あまりにも複雑な構造のせいで、個人の立ち位置からはどこに何がつながっているのか分かりにくくなっていることも多いためです。知らないことは、見えなかったり聞こえなかったりします。そういうことをできるだけ少なくすることも、勉強することの、とても大事な一面だと思っています。
そういうことじゃないんだよ、と思う方もいるかもしれません。それはどこかの誰かが知っていればいいことで、俺が直接その知識を使うことはないから、だから、必要ないって言ってるんだよ、と。
そうだとした場合、その「どこかの誰か」になるのが誰なのか分からない状況では、誰に何が必要で何が必要ないのかは誰にも分からないということになります。あなたが将来何になるのかは、あなたも含めて誰も知りません。だから、あなたに必要な知識や技術について、今から逆引きして範囲を絞ることは誰にもできないんです。自分は直接その知識や技術を使わないと考えている人たちは、それらを要求されない生き方をしたというだけのことです。自分から選んだにしろ流されたにしろ、それは結果論でしかありません。
教育について考えるということは、大切な誰かの未来について考えるということです。結果論に過ぎない話で誰かの未来を論じるなんて、あまりにも横暴だし絶対に不可能なことです。
数学については技術的なインフラ(※1)という側面もあるので分かりやすいですが、古文や英語などはそれが分かりにくいかもしれません。ですが、あなたが楽しんでいる映画やアニメや漫画などにも、言語や古典の知識が利用されていることがあります。見えない土台として趣味や娯楽を支えてくれている文化的インフラの存在も、人間にとってとても大事なものです。また、数学や国語や英語を通じて思考法を学ぶことによって、生きていくうえで直面する問題に向き合うことができるようになるのも、とても大きなメリットです。もちろん勉強以外からそれを学ぶこともできますが、重要な部分をコンパクトにまとめてくれている点で、学校の勉強はとても便利です。
もちろん、あなたが知識や技術を身につける場所は、学校だけに限った話ではありません。教科の内容や社会性を身につける方法は、ほかにも代替できる仕組みがあるでしょう。ただ、それらをワンストップで安価に済ませられるという点で、義務教育や公立小中学校は、とても素晴らしい学習環境だと思います。とは言うものの、それにこだわりすぎて逃げ場がなくなることがないようにはしたほうがいいと思います。命をかけてまで行くような価値がある場所ではないので、無理に執着する必要はないかもしれません。
ただ、「学校に行かない」ということに過剰に期待するのもやめておいたほうがいいと思います。一部の事業者などが、不登校を正当化するために「エジソンは学校に行っていなかった」という話を持ち出したりしていますが、エジソンは別に学校に行かなかったことでエジソンになったわけではありません。たぶん学校に行っていてもエジソンはエジソンだったんじゃないでしょうか。あのレベルの天才にとってはどうでもいいことなんだと思います。学校に行かない程度のことで誰でも歴史に残る発明王になれるのなら、世界中の誰も苦労しません。
もう一つ、勉強は必要ないと主張する人たちが大きな誤解をしているように感じることがあります。彼らは優等生に対する解像度があまりにも低いという点です。
彼らはなぜか、優等生の子たちは制度に従順で、大人の言いなりになっていて、自分の意見を持たない哀れな存在で、順位や点数だけがインセンティブ(※2)の人間味のない存在だと思い込んでいます。おそらく、ご自身も含めて、優秀な人が周囲にいなかったのでしょう。
私はたくさんの優秀な子を見てきたので、本当のことを知っています。優等生の子たちは、自分の考えをしっかり持っています。物事が成立する裏側にある機序に興味を持ち、真理の探求や、複雑な構造を理解することその物に喜びを感じています。ときに思慮深く、ときに慈愛に満ちていて、そして、ときにとても反抗的です。
そういうことの価値が分からない人々には、勉強が不要なように感じるのでしょうね。勉強だけできる人間より、自分のほうが優れた存在だと思いたいのかもしれませんが、勉強「だけ」できる人間なんていないんです。それが分からないような人たちの言葉に惑わされないでください。
今の段階で必要かどうか分からないことがあるのは当然のことです。でも、分からないからといって何でも切り捨ててしまうには、人生は長すぎるし世界は広すぎます。これから、たくさんの楽しいことがあなたを待っています。それに備えるために、たくさんの知識を身につけてください。学校の勉強を通じて身につけた思考方法も、この先、絶対にあなたの大きな力になります。
自分の手で自らの道を狭める意味なんてありません。あなたに幸せになってもらいたい人が、この世界にはたくさんいます。だから、大変なこともたくさんありますが、余計な人の言葉に惑わされることのないように、一歩一歩、誇れる足跡を刻んでいきましょう。いつでも私が力になります。
この文章を読んでがんばろうと思ってくれたら嬉しいです。人生の先輩として、少しでもお手本になれるように、私もがんばります。
さいとう学習教室 齋藤大介
(2025年11月20日 開業10年を目前に控えて)
※1 インフラストラクチャー(インフラ):水道や電気、道路、通信網など、人々の生活や産業の活動を支える、社会の基盤となる設備のこと。ここでは、数学や言語の知識が、目に見えない形で私たちの生活の基盤を支えているという意味で使っています。
※2 インセンティブ:やる気を起こさせるものや、行動を促す刺激のこと。
この考え方を、実際の指導ではどのように形にしているのか。
それをまとめたのが、次の「学習に関する5段階のフロー」です。
生徒たちの確かな成長の証をご覧ください
【塾長 齋藤大介より】
最後まで読んでくださってありがとうございます。 私の教育理念に共感していただけたなら、ぜひ一度お話しませんか。 強引な勧誘は一切しません。
お子様の学習状況は、放置すると数か月で大きく差がつきます。
だからこそ、早めに現状だけでもお聞かせください。
あなたとお子様の未来のために、全力を尽くします。
