Shyness is nice and shyness can stop you
From doing all the things in life you'd like to
恥じらいって素敵で、君が人生においてやりたいと思うことを全部できないようにしてくれる
(The Smiths "Ask")
「うちの子は自分から質問できる性格じゃないので」という言葉を親御さんたちから何度か聞いたことがあります。
どうもこのあたり勘違いしている人が多いな、といつも思います。
質問できるかどうかは性格で決まるものではありません。
質問するのに何の抵抗もない性格とか、質問するのが嫌いな性格とかはあるかもしれませんが、「できない性格」はないです。質問なんて誰でもできます。
できるかできないかではなく、するかしないかであって、それは性格ではなく行動の問題です。
もし「性格だから仕方ないので周りの大人が配慮しましょう」ということになってしまうのなら、「漢字が書けない性格」や「計算ができない性格」にも配慮が必要になり、勉強する意味があるんだかないんだかよく分からなくなります。
勉強が苦手な状態を変えようとしているのに、それよりもっと簡単なことを「できない」と決めつけて、勉強するのに不利な状態を放置していい理由なんてありません。
性格の問題ということにしてあきらめるか、行動を変えるために努力するか。今後のためにどちらを選ぶべきだと思いますか?
そもそも何のために勉強をしているのかと考えると、漢字や計算が役に立つということももちろんありますが、それ以上に、自立した人間になるためという側面が大きいのではないでしょうか。
学校の勉強は、自分の力で問題を解決するための訓練と言っても過言ではないと思います。
その段階やそれ以前の段階で、「性格的にできない」というレッテルを大人が貼ってしまうのは、かなり危険だと思います。
そして、質問する機会を奪うこともとても危険です。
自分が何が分からないのか、どこから分からないのかを理解して、それを他人に説明して力を借りようとするなんてすごいことです。その機会を、「できない」と決めつけることで奪うなんて、本当にかわいそうじゃないですか。
塾なんてなくても勉強はできますし、別になくなっても困らない人も多い業種なのかもしれませんが、質問する相手がいることで学びが加速したり深まったりすることは多いのかなと思っています。
質問なんて誰でもできます。
大人でも子どもでも。男でも女でも。
日本人でもアメリカ人でも。
ルクセンブルクの出っ歯の女の子でも。
そして、当然あなたのお子さんでも。
行動するかしないかで、未来が大きく変わります。それでも何もしないで助けが来るのを待ち続けますか?
分からないことがあったら質問してください。そのためにこの仕事をしています。